「…というわけ。ダル・セーニョとダ・カーポの違いは分かったかしら?」
「はい、先生」
「よく分かりました」
暖かな日の差し込む昼下がり。双子のシアンとリアンは週に一度のレッスンを受けに、演奏家であり音楽教師であるエレンの自宅に来ていた。三人が白い円卓を囲んでいるここは、家の一角に作られた温室だ。この辺りでは見られない様々な種類の植物が、光を浴びるため我先にと背伸びしている。中には高い天井に届くほど大きく育ったものもあった。その植物たちに埋もれるように、赤茶色をしたグランドピアノが置かれているのだが、不思議と浮いた感じはなく、実はあれも植物なのよ、と言われたらきっと信じてしまうだろう。
温室はぽかぽかとした午後の陽気に包まれていて、どこか現実とはかけ離れた遠い場所にいるようだった。時々思い出したように、緑と土の匂いが鼻孔をくすぐる。
「では、今日はここまでね。今度はこの二つの記号を使った曲を演奏しましょう」
お茶にしましょうか、と、万年筆と五線譜を片付けながらエレンがにっこりと微笑む。
レッスンの後はアフタヌーンティーの時間と決まっていて、エレンはいつも双子にお茶と手作りのお菓子を振る舞うのだ。エレンの作るお菓子はとてもおいしいし、お茶を飲みながら三人であれこれと話をするのが、毎回双子の楽しみになっていた。
エレンが準備をしに温室から離れている間、双子は先ほど習ったダル・セーニョとダ・カーポについて熱心に語り合っていた。
「ねえシアン。ダル・セーニョとダ・カーポって兄弟なんじゃないかしら。
最初はね、楽譜の世界にはダルセーニョはいなくてダ・カーポだけだったんだけど、ダ・カーポははじめにしか戻れないでしょ?するとだんだん他の記号や音符たちから苦情が出始めたのよ。他の場所へは戻れないのかって。そうして考えた末にダ・カーポはダル・セーニョを生んだのよ!
…あれ、これじゃ兄弟じゃなくて親子ね。とにかく、二人は血の繋がった家族なんだと思うわ」
すごいことが分かったというように目を輝かせてまくしたてるリアンに、シアンは冷静に反論する。
「何を言ってるのさ、リアン。二つはまったく別のものだよ。ダ・カーポとダル・セーニョは、式も解もまったく一致するところがないんだ。だからこの二つが兄弟だなんてばかげてる。
コーダとダル・セーニョが兄弟だというなら、まだ分かるよ。カルトスの定理を使うという点で、少し式が似ているからね」
リアンは乗り出していた体を戻してふくれっ面になる。
「シアンってば、また勝手に数字にしてる」
「勝手にじゃなくて、自然に数字になるんだよ」
シアンは少しむっとしたけれど、これ以上言い合っても最後までどちらも譲らずいつもと同じ結果になるのは分かっていたから、リアンだって勝手に物語を作ってるじゃないか、という言葉はぐっと飲み込んだ。
リアンも同じように思い、話し足りないのを我慢してどんどん広がる楽譜の世界を頭の中に押し込めた。
それからエレンが戻ってくるまでの間、双子は黙々と今日のレッスンで使った五線譜を眺めながら、自分の意見に(はたまた相手の意見に)納得できる理由がないかとダ・カーポとダルセーニョの関係性について考えていた。
双子は、少し変わった思考の持ち主だった。
リアンは物事に意味と物語と人格を与える思考。
シアンは物事を数字と記号に置き換え解を出す思考。
癖、と言ってもいいかもしれない。普段は仲の良い二人も、そんな真逆と言える思考のためにたびたび衝突することがあった。
(まったく、リアンの頭の中はどうなってるんだろう?)
(まったく、シアンの頭の中は数字しかないのかしら?)
意見が食い違う度に、そんな疑問が双子の頭に浮かぶ。双子だから互いにすべてを理解出来るわけではないけれど、この双子にとって片割れの存在は、当たり前であり同時に何よりも不可思議な存在でもあったのだ。